私のアルコール依存症・石黒好美の「3冊で読む名古屋」⑬

 ライター/社会福祉士の筆者が、3冊の本から時代を深読みします。
なごやメディア研究会 2025.05.24
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【今月の3冊】

『能力主義をケアでほぐす』(竹端寛、晶文社)

 私はアルコール依存症なのだと思います。

 医者にかかって診断されたわけではないけれど、厚生労働省のサイトを見ると「大量のお酒を長期にわたって飲み続けることで、お酒がないといられなくなる状態」「“一度始めると自分の意思ではやめられない”、“毎回、やめようと思っているのに、気が付けばやり続けてしまう”」とあり、ああ、まさに私はこれだわとしみじみ思うのでした。

 もともとお酒は好きでしたが、こんなに飲むようになったのはいつ頃からかと考えると、2年前、いや3年前くらいでしょうか。大きな仕事を請けることができたのです。専門的な知識も必要で(私はさほど詳しくなく)、量も多く、納期にゆとりがあるわけでもなく、最初はできません、とお断りさせていただいたほどです。それでも何とか、とお願いされ、フリーランスの自分にとってはありがたいことだし、頑張ってやってみようとなりました。

 毎日取材し、並行して書き進める仕事でした。量も多いのでとにかく時間を置かずに書かねば追いつかないのですが、経験のないジャンルだったこともあり筆が進みません。資料を読んでも、自分は正しく理解できているのだろうかと確信が持てません。内容に対する不安と納期遅れの焦りでますます書けなくなる悪循環に陥りました。せっかくの大きな仕事のチャンスなのに、どうしよう……。

 そのときに、飲んだんですね。

 するとアルコールの効果で細かなことが気にならなくなり、ええい、間違っていてもいいから、とにかく一度書き上げて提出して、フィードバックしてもらおうと思えたのです。いま思えば至極当然のことなのですが、そのときは初めてのビッグ・プロジェクトで緊張していたのでしょう。失敗を恐れて動けなくなっていました。

 深夜に送信した原稿にはほとんど赤字も入らず、この調子でやっていきましょうとなりました。これが成功体験になってしまったのです。本来なら綿密な取材や周到な準備によって乗り越えるべき業務上の困難を、飲酒によって突破してしまった。この後、私は迷ったり行き詰まったりするたびに、酒の勢いで振り切ろうとするようになりました。

 人は、かつて体験したことのない、めくるめく快感によって薬物にハマるのではなく、かねてよりずっと悩んできた苦痛が、その薬物によって一時的に消える、弱まるからハマるのです。快感ならば飽きますが、苦痛の緩和は飽きません。それどころか、自分が自分であるために手放せないものになるはずです。

『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』

 依存症の本質は快感ではなく「苦痛の緩和」である、というのは依存症治療の現場ではよく知られているようで「自己治療仮説」というそうです。酒や薬物は悩みや苦しみ、生きづらさへのその人なりの応急処置であって、問題の本質は別にあるわけです。

 思えば、若いころから何度となくお酒で失敗してきました。救急車で運ばれたこともあったし、飲み過ぎて仕事に出られないこともありました。なぜそれほど飲んでしまったのだろう? と思うと、やはり「苦痛の緩和」だったのです。楽しく飲んでいるときはそこまでは飲まないんです。初めての場に何とか溶け込まなくてはとか、人に良く思われたいとか、ダサいとかデキない奴と思われたくないとか、帰りたいけど帰ったら何となく気まずいかなとか、これまた冷静に考えれば本当にどうでもいいことなのに、当時は背伸びしなければこのコミュニティ(会社とか)に居られなくなるのでは、などと深刻に生きるか死ぬかみたいな不安に包まれてしまっていたのでした。それを吹っ切りたくて度を超えた深酒をしてしまう……って、昔から行動パターンが変わっていなかった……。

 大きな仕事が終わったらプレッシャーから解放されるかと思いきや、そうでもありませんでした。忙しく納期に追われるのもつらいけれど、暇なのもおそろしい。実際には仕事がないわけではなく、定期的に声をかけてもらえる取引先はいくつかあり、恵まれた環境にあるのだけれど、多忙な日々の反動もあって落ち着かない。

 反動といえば独立してもうすぐ10年、当初はライターと名乗るだけでドキドキしていたのに、書いたものがネットニュースに載ったり、本を書かせてもらえたり、自分の名前入りの連載でエッセイを書かせてもらえたり(この記事のことです)とほとんど奇跡としか思えない体験ばかりさせてもらってきました。ひと息ついて心に浮かんだ「今まではがむしゃらにやってきたけれど、これから何がしたいんだろう?」という問いに対して、何も考えられなかったんですね。目標を失ってしまった気がしたのです。仕事は変わらず面白いし楽しいと思うけれど、それ以上のことを仕掛けたい、提案したい、新しいことに挑戦したいという気力が出ないというか、何をしていいか分からない。焦っていろんなアイデアを試してみるけれどうまくいかない。

 このまま年をとって体力もスキルも落ちて、仕事の品質も落ちて、誰からも必要とされなくなっていくんだろうな……。あの人はいい記事を書いているなあ、あの人はそんな仕事もしているんだ、さすがだなあ、自分にはああいう専門性が何もないもんなあ……やっぱり大学院も出てないくせに偉そうにいろんなことを書き散らしてはいけないんだ、会社勤めも長続きしなかったし、コツコツ積み上げてきたものも私にはないんだよな……と人を羨んでは酒を飲み、飲むとますます気持ちが暗くなるのでした。小さい頃、『星の王子さま』に出てくる呑兵衛が「酒を飲んでいることを忘れるために、酒を飲むんだよ」と言うのを「この人は一体、何を言っているんだ?」と思っていたけれど、今はその気持ちが本当によく分かる。気づけば毎晩、深夜というか朝方まで飲むようになっていた。当然、仕事に差し支える。差し支えると申し訳なさと自己嫌悪でまた飲む。本当にまずい……。

箱買いした焼酎ハイボール。一晩で5~6本飲むこともあった。「ドライ」が好き。

箱買いした焼酎ハイボール。一晩で5~6本飲むこともあった。「ドライ」が好き。

 これはもうダメだと思い、とにかく今日1日だけ飲まないことにしよう、と決心した。ものすごく飲みたかったが歯を食いしばって無理に寝た。

 すると翌日、信じられないくらいすっきり目覚め、起きた瞬間から何だか体が軽い。頭も心も冴えて、やらなければならないことにスッと取り掛かれる。途中、気が散って進まなくなってもイライラしない。昨日までのあの怠さも自己嫌悪も、何もかもお酒のせいだったの……? 玄関を出ると陽の光がまぶしく、吹き抜ける初夏の風の爽やかさに全身の細胞が震える。明け方に止んだ雨に濡れた木の若芽の美しさたるや……って私、シラフでいるほうがむしろキマってないか? 昨日まであんなにぐずぐずしていたのに、飲まないだけでこんなにハイになって大丈夫かな? むしろ断酒の気持ちよさを再度味わうために、またどろどろに飲んでみたい気さえする。(ダメじゃん)

 そういうわけで、いきなり断酒に目覚めたことをきっかけに「家では飲まない(たまに外食したときだけ飲む)」という、健全なというか、苦しくない酒との付き合い方が今のところできるようになった。「快感は飽きる」ようだし、根本的な苦痛の原因は除かれていないので、油断はできないけれど……。

依存症でないと生き延びられない

 依存症が快楽のためではなく「苦痛の緩和」なのだとしたら、そもそもいまの社会がアディクション的なのだ。

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