石黒好美の「書く福祉」・岐路に立つ名古屋の越冬活動 その役割とは
世間では仕事納めとなる年末、公園にテントを建て大きな鍋で炊き出しの食事を作り、寒空の下、野宿者にふるまう――ニュースでそんな光景を目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
日雇いの仕事が休みになり、役所の窓口も閉まる年末年始は、野宿生活を強いられている人たちにとっては大変厳しい時期となります。名古屋の野宿者支援団体で組織する「名古屋越冬実行委員会」は、この年末年始も中区の大津橋小園で、無料の食事提供や緊急宿泊先の確保支援などを行う「越冬活動」を行いました。毎年恒例となっている名古屋の越冬活動は、今回で51回目となります。
長く続いてきた名古屋の越冬活動ですが、いま岐路に立っています。私は名古屋越冬実行委員会の構成団体の一つ、NPO法人ささしまサポートセンターのメンバーでもあります。今回は私から見た越冬活動と、それを取り巻く状況について書いてみたいと思います。(この記事の内容は私個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではありません)
2025年度の名古屋越冬活動の様子=筆者撮影
いわゆる「ホームレス」は減っている
名古屋の越冬活動は1976年、名古屋で野宿をしていた人たちが年間11名も凍死や餓死をしているという報道を目にした人たちによって始まりました。「高度経済成長を経て、豊かになったはずの日本でもこんなことが起こるのか」と。いまの自分たちでできることを、と国鉄名古屋駅構内で寝ている人たちに、おにぎりや味噌汁を配り始めたのが最初です。
その後、名古屋駅近くの西柳公園(通称:オケラ公園)に越冬活動の拠点を構えるなどしましたが、数年前に西柳公園が使えなくなったことから、愛知県図書館近くの大津橋小園という場所で開催しています。
変化したのは場所だけではありません。実は、越冬会場を訪れる人の数は年々減っています。理由の一つには、野宿者自体が減っていることが挙げられます。厚生労働省の「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」によれば、名古屋市内の「ホームレス」の数は初めて調査が行われた2003年には1,788人であったのが、2025年1月の調査では72人となっています。夜回りや炊き出しを行っている人たちの体感としては「もっとたくさんいるでしょ」「あと2倍か2.5倍はいるでしょ」という感じだそうですが、公園や河川敷で日常的に起居している人の数が減りつつあることは事実でしょう。
もう一つには、名古屋市のホームレス状態にある人への支援が、未だ十分ではないものの、昔に比べて充実してきたこともあるでしょう。福祉事務所の窓口での対応が改められ、生活保護申請のハードルは下がりました。(30年くらい前までは「ホームレスだから」という理由のみで生活保護申請をさせない、という対応もあったそうです。今も昔も法律違反です)
さらに、名古屋市は「年末年始援護対策」といって、年末年始に住まいや仕事がなく困っている人に対して臨時の相談窓口を設置し、宿泊場所や食事を提供するという独自の取り組みを行っています。
今年も50名を超える方が援護対策で年末年始の宿泊場所を利用したとのことです。こうした取り組みがなされているのは、名古屋で50年にわたって越冬実行委員会をはじめとする市民団体がホームレス状態にある人たちの人権侵害をなくし、生存権を保障することを訴えてきた運動の成果です。
炊き出しに集まるのはどんな人?
それでは、民間団体による「ホームレス支援」は、もう必要ないのでしょうか?