永谷正樹の「モヤモヤするでいかんわ!」その5・店主のこだわりと、客への威圧は別の話

フードライター兼カメラマン(株式会社つむぐ代表)の筆者が、日々の暮らしの中で感じた「モヤモヤ」を書き記すコラム。今回は、飲食店のあり得るルールとあり得ない対応について。
nameken 2026.10.31
サポートメンバー限定

 少し前に、講談社BECK発行の『TRYラーメン大賞全国版』の取材で、静岡県伊東市にあるラーメン店『福々亭』を訪れた。

 ここは、“ラーメンの鬼” との異名をとる伝説のラーメン店主、佐野実さんの直弟子である早藤洋介さんが、1998年に開店させた店である。伊東市内で長年営業を続け、今も行列が絶えない人気店だ。

 今でこそ、ラーメンは一つの料理として人々に認知され、ミシュランの星付き店も誕生した。素材や製法にこだわり、一杯数千円のラーメンを提供する店もあれば、遠方からわざわざ食べに来る人もいる。ラーメンは、もはや単に腹を満たすための安価な食べ物ではなくなった。

 しかし、1990年代は、まだラーメンは安くて手軽な大衆食の域を出なかった。もちろん、当時からこだわりを持ってラーメンを作る店はあったが、今ほど一杯のラーメンに価値を見いだす時代ではなかったと思う。

“ラーメンの鬼” の意外な素顔

 そんな中、佐野さんは1986年、35歳の時に神奈川県藤沢市に、自身の理想を詰め込んだラーメン店『支那そばや』を創業する。のちに横浜市戸塚区へ移転することになるこの店で、佐野さんはラーメンの可能性を追求し続けた。

 「旨いラーメンを作るためなら、お金も時間も惜しまない」という信念のもと、スープには地鶏などの上質な食材を使用。醤油や塩、鰹節、昆布、メンマ、はてはネギにいたるまで、全国の生産地へ自ら足を運び、納得のいく食材を探し求めた。

 生産者のもとを訪ね、素材を吟味し、少しでも旨いラーメンを作るために手間もお金も惜しまない。ラーメン一杯にそこまでやるのか、と思うほどのこだわりようだった。

 この食材に対する異常なまでの情熱と執念から、佐野さんはいつしか “ラーメンの鬼” と呼ばれるようになったのである。

 1990年代後半から2000年代初頭には、テレビにも頻繁に登場した。鋭い眼光でラーメンと向き合う佐野さんの姿を覚えている人も多いだろう。

 その際、『支那そばや』独特のルールも注目を集めた。

 それは、店内での私語・おしゃべり禁止と携帯電話禁止、香水の強い方の入店お断り、そしてタバコ禁止というもの。

 今なら、食事中のタバコなど論外だし、携帯電話も使い方次第だろう。香水についても、食事の場では周囲への配慮が必要だ。しかし、当時は店が客にそこまで求めること自体、珍しかったのではないか。

 これらのルールを破ると、叱り飛ばされそうな迫力が佐野さんにはあった。テレビ越しにも伝わってくる、あの独特の緊張感。ラーメンを食べるだけなのに、なぜそこまで緊張しなければならないのか。そんな印象を持った人も少なくなかったと思う。

 ところが、『福々亭』の店主、早藤さんに話を聞くと、テレビで見る佐野さんとは少し違う一面があった。

 「すべてはラーメンをおいしく食べてもらいたいというマスター(佐野さん)の思いからなんだけどね。マスターのイメージはテレビが作ったようなもんだよ」

 早藤さんは、そう話してくれた。

 なるほど、と思った。

 “ラーメンの鬼” ゆえに、ラーメンづくりに一切の妥協を許さなかったのは間違いないだろうし、その姿勢を弟子にも求めるのは当たり前の話だ。自分が納得できる一杯を作るために食材を厳選し、手間を惜しまない。だったら、客にも最高の状態でラーメンを味わってほしいと考えるのは、自然なことなのかもしれない。

 一方で、早藤さんが知る実際の佐野さんは、テレビで見せる厳しい姿だけではなかったという。

 弟子たちを飲みに連れて行ってくれるなど、とても人間味のある人だったそうだ。ラーメンづくりには厳しくても、四六時中、鬼のような顔をしていたわけではない。テレビで強調される一面と、実際に付き合ってみなければわからない一面があったのだろう。

 そんな師匠と弟子の関係は、早藤さんが独立してからも変わらなかった。

『福々亭』の「醤油らー麺」(1100円)。見た目はシンプルだが、だし感や醤油のキレやコクが幾重にも広がる。私がこれまで食べてきたラーメンの中では間違いなく最上位のランク

『福々亭』の「醤油らー麺」(1100円)。見た目はシンプルだが、だし感や醤油のキレやコクが幾重にも広がる。私がこれまで食べてきたラーメンの中では間違いなく最上位のランク

 

 ある日、佐野さんは『福々亭』にふらりと現れて、ラーメンを注文した。弟子の店だからといって、特別扱いを求めるわけでもなく、いつものようにラーメンを食べたのだろう。

 食べ終わると、佐野さんはこう呟いたという。

 「懐かしいな、オレの味だ」

 いやー、これはたまらない。

 弟子が作ったラーメンを師匠が食べて、「オレの味」と認めたのである。「旨い」と褒めるのとは、また意味が違う。自分が教えてきた味が、弟子の手によって受け継がれている。そのことを確かめたうえでの一言だったのではないか。

 最上級の褒め言葉であり、免許皆伝を言い渡されたと言ってもよいだろう。

 佐野さん、めちゃくちゃカッコイイ!

二郎だから許される、みたいな

 ……って、この連載はイイ話を紹介するのではなく、モヤモヤする話だった(笑)。

 危うく、師弟愛に感動して終わるところである。

 『支那そばや』独特のルールに話を戻そう。

 当時は「厳しい店だな」と感じたものだが、今はラーメン店で私語やおしゃべりをしている客は少ないし、『一蘭』のような味集中カウンターもある。タバコは論外だし、携帯電話や香水は、店が独自にルールを設けるというよりも、客側のマナーの問題になっている。

 時代が変わり、食事をする側の意識も変わったのだろう。そう考えると、佐野さんが当時から求めていた食事環境は、今ではそれほど特別なものではなくなったのかもしれない。

 ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、店が独自のルールを設けることと、店主や従業員が客を怒鳴りつけることは別だということだ。

 店には店の考え方がある。客にも守るべきマナーがある。店のルールに納得できなければ、その店に行かなければいい。それだけの話でもある。

 しかし、ルールを守らない客がいたとしても、だからといって怒鳴り散らしていいわけではない。

 令和の時代にも、客を怒鳴りつける飲食店の店主や従業員は実在する。

 直近では、『ラーメン二郎 京都店』をめぐり、従業員からの高圧的な声掛けや「怒鳴られた」とする投稿がSNSで拡散され、大きな議論となった。

 私は『ラーメン二郎』についてあまり詳しくは知らないが、店舗や店主によって「温厚で丁寧な店」と「威圧的・高圧的で厳しい店」と異なるらしい。

 二郎には二郎独自の文化があり、店ごとのルールや雰囲気も含めて楽しんでいるファンがいるのだろう。外から見ただけではわからない魅力があるのかもしれないし、それを否定するつもりもない。

 ただ、メシを食いに行って叱られるのは、私はまっぴらごめんだ。

 もちろん、店のルールを守らない客が悪い場合もあるだろう。しかし、客がルールを知らなかったり、ちょっとした失敗をしたりしただけで怒鳴られるのだとしたら、ずいぶん窮屈な話である。

 それも含めて『ラーメン二郎』なのだろうか。二郎だから許される、みたいな。

刈谷の食堂で見た、信じられない光景

 ところが、有名店でも何でもない店の店主や従業員が威圧的・高圧的というケースもある。

 にわかには信じがたい話かもしれないが、実際に私はこの目で見た。

 あれは今年2月、新規案件の打ち合わせで刈谷へ行ったときのことだ。

この記事はサポートメンバー限定です

続きは、2767文字あります。

下記からメールアドレスを入力し、サポートメンバー登録することで読むことができます

登録する

すでに登録された方はこちら

サポートメンバー限定
口下手だけれど講演を引き受ける僕と「ローカルジャーナリストガイド」【関...
サポートメンバー限定
石黒好美の「書く福祉」・なぜ、専門知識のないボランティアにも「ホームレ...
誰でも
アジア大会、炎上と宴のあと/熊本給水支援に黄信号/中電からノーベル賞ま...
サポートメンバー限定
永谷正樹の「モヤモヤするでいかんわ!」その4・「またオレの写真がパクら...
サポートメンバー限定
石黒好美の「書く福祉」・支援の「専門家」とは何か——『「回復」という毒...
サポートメンバー限定
名古屋は水害に強い街になったのか——9月8日の記録的大雨から学ぶ【関口...
誰でも
熊本に「みんなの水」を/アジア大会は始まるけれど…/総会終了「あと2年...
サポートメンバー限定
【ご報告】第8回(2025年度)総会、終了しました。「あと2年!」よろ...