石黒好美の「書く福祉」・「もう、命が持たんよ」――最高裁で勝訴も、まだ終わらない『いのちのとりで裁判』

 ライター/社会福祉士の筆者が、モヤモヤした福祉界隈について書くエッセイ。例の裁判の結果を検証します。
nameken 2025.07.26
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 2013年から国が行った生活保護費の引き下げは違法――全国で1000人を超える生活保護受給者が国や自治体に保護費引き下げの取り消しを求めている「いのちのとりで裁判」で、最高裁判所は6月27日、引き下げ処分を取り消す原告勝訴の判決を言い渡しました。

 10年以上にわたる裁判を経て、勝訴を喜び合う原告と弁護団の姿は「歴史的な勝訴」とマスコミ各社にトップニュースで取り上げられました。

違法とされたのは「デフレ調整」のみ                    

判決説明会の様子=7月3日、名古屋市熱田区で筆者撮影

判決説明会の様子=7月3日、名古屋市熱田区で筆者撮影

 最高裁判決から6日後、名古屋市内で愛知の弁護団による判決説明会が行われました。判決文の解説を聞いてみると、勝訴ではあるが原告の訴えが全て認められたかというと、決してそうではないことが分かりました。前回の記事でも書いた通り、原告は国が行った「ゆがみ調整」と「デフレ調整」が違法であると訴えてきました。

 判決では「『ゆがみ調整』については違法とは言えないが、『デフレ調整』が違法である(ゆえに引き下げは違法)」とされていました。しかし、原告が糾弾していた国による「物価偽装」については触れられませんでした。また、国に賠償を求める訴えも退けられています。(名古屋高裁では国家賠償も認められていました)

 原告は生活保護基準部会が保護費をむしろ「増額」すべきと提案した世帯についても、政府が数値を無断で2分の1にした結果、保護費が減額されてしまった点を追及していました。これが「ゆがみ調整」です。しかし最高裁では「生活保護法などに照らせば、必ず基準部会の検討を経なければならないとは書いていないし、検討結果も厚生労働大臣を拘束するものでもなく、考慮すべき要素の一つにすぎないのだから、違法とは言えない」と判断しています。うーん、法律に書いていないなら裁判所はそう判断するしかないのかもしれないけれど……。道義的にはどうなの? というか……。

 基準部会が「参考にしてもしなくてもどちらでもいいですよ」という程度のものでいいのでしょうか。「その程度」のものに対して、時間や労力を使って真剣に取り組んでくれる学者、有識者の方って、これからはいなくなっちゃうんじゃないの? それでいいのかな? と心配になりました。そして、繰り返しになりますが前回の記事にも書いた通り、やっぱり大臣の裁量が大きすぎ、生活保護基準の決め方が曖昧過ぎるのではないかと思いました。

 「デフレ調整」に関しては物価偽装のはるか手前の話として「そもそも今まではずっといろいろな世帯の “消費” の実態を基準に決めてきたのに、今回は急に “物価” を持ち出して基準にしたのはおかしい。 “物価” に特化した合理的な理由を国は説明できていない」という点において、厚生労働大臣の裁量権の逸脱、または濫用があるとして違法と判断されました。

 原告が「国は恣意的に物価の下落率が大きくなるよう数値を操作した」と訴えてきた「物価偽装」については判決文では触れられていませんが、今後、なぜ国が急に方針転換し “物価” にフォーカスして保護基準を決定しようとしたのか、その過程がどのようなものであったか、引き続き説明を求めていく中で明らかにされることを願っています。

歴史的な判決を導いた調査報道

 ちなみにこの「物価偽装」に気づいたのはなメ研のメンバーでもあり、元中日新聞編集委員の白井康彦さんの経済部や生活部記者としての知見と、決して統計の不正を許さないという不屈の執念に満ちた研究の成果でもあります。「物価偽装」の問題を提起しなければ、保護基準の決定に物価を持ち出したことのおかしさを原告側も追及できなかったかもしれません。

 加えて「ゆがみ調整」の「2分の1処理」が基準部会の検討を経ていなかった点についても、情報公開請求によって書かれた北海道新聞のスクープ記事が明らかにしたのでした。今回の裁判の重要な論点を提起し「歴史的な勝訴」を後押ししたのは地道な調査報道でもあったのです。

白井康彦さんが「物価偽装」のからくりを説き明かし、「生活保護バッシング」にまつわる誤解や偏見にズバリ切り込んだ一冊。故・森永卓郎さんとの対談も。『生活保護削減のための物価偽装を糾す!』(あけび書房、2014年)

白井康彦さんが「物価偽装」のからくりを説き明かし、「生活保護バッシング」にまつわる誤解や偏見にズバリ切り込んだ一冊。故・森永卓郎さんとの対談も。『生活保護削減のための物価偽装を糾す!』(あけび書房、2014年)


保護費の返還までの道のりは未だ不透明

 「また、何年もかかるの?もう、命が持たんよ」――判決説明会の中で、原告の一人が思わず漏らした一言です。

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