【無料公開中】秦融の「メディア探策」〜『嫌われた監督』を読み解く②

 ジャーナリストで元中日新聞編集委員の秦融(はた・とおる)が、フリーな視点から現在のメディアを展望します。
なごやメディア研究会 2022.12.17
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 『嫌われた監督』を読み解く、の第二回は、監督落合博満が遺した謎の紐解き方の巧みさについて論考してみたい。(文中、敬称略)

 稀代の打者としての打撃論、また、監督としての野球観などを在任中、自らの言葉でほとんど語ろうとしなかった落合は、野球界の中でも突出して「なぞ」の多い存在だった。

 就任していきなり、戦力補強をしないことを宣言した。キャンプ初日に紅白戦をやる、と通告した。開幕投手にはだれも予想していない故障上がりの川崎憲次郎を起用した。一つ一つの発想について、その真意を語ることはなかったが、気が付けば一年目のシーズンにセ・リーグのペナントを奪取するという偉業を成し遂げていた。

 常識外れとも思われたことをさらりとやって、結果を出す。そのプロセスの中にある独自の考えが伝わることはほとんどなく、一切が謎だらけだった。

ベストセラーとなった鈴木忠平さんの著書『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(撮影・関口威人)

ベストセラーとなった鈴木忠平さんの著書『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(撮影・関口威人)

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 『嫌われた監督』の魅力の一つは、落合が中日の監督時代に残した数ある謎を解明しているところにある。断片的な言葉や、筆者や選手との間にあったシーンを繋ぎながら、謎の裏にある落合の思考、野球観、さらには人間観、人生哲学について仮説を立て、立証していく。そこには、推理小説を読むようなスリリングな面白さがある、とも言っていい。

 一つ例を挙げてみたい。

 落合が監督として行ったチームづくりの中で、専門家さえも首をひねったのはセカンド荒木雅博、ショート井端弘和の二遊間コンビの入れ替えだった。

 落合が両者の同時コンバートの構想を具体的に口にしたのは、2009年のシーズンが始まる前だった。毎年ゴールデングラブ賞をコンビで受賞し、「アライバ」として知られていた球界随一の二遊間をそっくり入れ替える。そのアイデアは、いくら優勝を重ね、日本一にもなった実績があるとはいっても、あまりにも唐突であり、専門家でさえその意味を図りかねた。

 何のために「アラ・イバ」を入れ替えるのか。しかも、いまごろになって――。

 当時、私は中日新聞編集局の社会部でニュースデスクをしていた。二十代に取材記者としてほとんど休みなく張り付いたドラゴンズというチームの動向は、社会部に異動してからも気に掛けていたが、落合監督になってからは、なおさらだった。

 孤高の打者として、誰かとつるむことも群れることもない一匹狼。そんな生き方を選手時代に目の当たりにしてきた記者であれば、私に限らず「監督としてどのようにチームをまとめ、どんな采配をするのだろうか」と思っても不思議ではないだろう。その上、就任後、次々に結果を出していくのだから、なおさら注目せずにはいられなくなる。

 荒木、井端の守備位置を入れ替えるというニュースが流れると、すぐに社内にいる現役のドラ番(中日担当記者のこと)の何人かに聞いてみた。

 「なぜ、二遊間を入れ替えるの?」

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