『本を読めなくなった人たち』の時代に「一文字はいくら」なのか【関口威人の「フリー日和 (⌒∇⌒)□」その26】
遅ればせながら、話題となっている『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』を本ではなく? Kindleで読みました。いや、Kindleも本ですよね。電子書籍やネットニュースを含めた、文字メディアの悲惨な現実をあぶり出し、未来に向けて一筋の光明を探るような本でした。

稲田豊史さんのベストセラー『本を読めなくなった人たち』の書影。背景は、そのタイトルをイメージしてChat GPTが描いたイラスト
「文字メディアへの無関心さ」に驚愕
著者の稲田豊史さんは愛知県春日井市出身で、名古屋市の明和高校に通っていたそうです(ご本人の公式サイトから)。映画配給会社などでゲームやエンタメ系の出版に携わり、2013年にフリーライターとして独立。僕はほぼ同年代ですが面識はなく、一方で名古屋ネタライターの大竹敏之さんはよくご存知らしいです。いつかご紹介していただかないと。
今回の著書では、大学生を中心とした40人余りの若者に対するグループインタビューから、いわゆる「Z世代」の文章との接し方を次々と浮かび上がらせていきます。
全体的には、僕の大学生になった息子や娘、それから今まちづくりでよく接している地元の学生さんたちを見ていれば想像できるものですが、やはりその本音ベースの実態には驚かざるを得ませんでした。
特にネットニュースについては、そもそも「ニュース」の概念が違う。それはSNSを眺めるついでに「自分にめがけて降ってくる」もので、自分から取りにいこうとするものではない。ニュース記事を誰が書いたかなんて「考えたこともない」し、信用できる発信元はフォロワー数が多いSNSアカウント。こうした傾向は最近、朝日新聞も若手記者による連載記事で指摘していて、もうZ世代の生活にニュースが入り込む余地はないとしています。
(↑2026年6月21日13:40まで全文閲覧可)
さらに僕が決定的だと感じたのは、お金をかけて取材した記事を無料で読める仕組みとして「広告収入」があることに半数近くの学生が気づかなかったこと。ネットのコンテンツに触れる以上、広告は嫌というほど目にして必死に消去やブロックをしているはずなのに、「そのことと無料で読めるという事実が結びついていない。文字通り『そんなこと、考えたこともない』のだ」と稲田さん。そこにあるのは文字メディアに対する徹底した「無関心」だと言えそうなのです。
こうした認識は学生に限ったことではない、とも稲田さんは断っていて、僕もその通りだと思います。学生の認識に反映される社会・経済全体の構造が「文章の経済的価値」を劇的に下げ、ライターという職業は「もうすぐ絶滅する」という見立てには、うなずくしかありません。同時に、僕としては独立当初に引き受けたある仕事を思い出さずにはいられませんでした。それが「一文字いくら」の仕事です。
ライターを「機械」として扱われて
2008年9月に新聞社勤めからフリーになって最初の年。僕はある人から、ある編集プロダクションを紹介され、ある企業の「社史」を書く仕事を任されました。そういう仕事は初めてでしたが、自分にとって興味のある企業だったし、やってみなければ分からないと思って引き受けました。
