僕はなぜミャンマーに行っていたのか・関口威人の「フリー日和 (⌒∇⌒)□」その23
地震被害を憂慮しながら、16年前の経験を振り返ります。
なごやメディア研究会
2025.04.12
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3月28日、ミャンマー中部を震源としたM7.7の地震が発生。1000キロ以上離れたタイの首都バンコクでも工事中のビルが倒壊するなどして衝撃が走りました。
発生直後はミャンマー第二の都市・マンダレーの様子なども盛んに報じられましたが、今は「トランプ関税」の狂騒もあり、さっぱり報道がされなくなったように感じます。
もちろん、軍事政権下で情報が出てこない、人が簡単に入れない問題が根本的にあります。
僕は知人もいるNPO・NGO経由で情報を集めていますが、特にマンダレーに隣接するザガイン管区の様子は深刻なようです。
そのマンダレーやザガインを16年前、僕は日本の医師・看護師たちのNPO活動を見に訪れていました。
今回、どれだけ参考になるか分かりませんが、当時の仕事のしかたを含めて記録に留めておきたいと思います。

2009年1月、ミャンマーのザガイン管区を訪れた筆者。あごひげをはやしていた時期です
医療支援続ける医師の出版企画で
新聞社をやめて独立してから数カ月経った頃、名古屋の老舗出版社である風媒社から一つの仕事を頼まれました。
「ジャパンハート」というNPOの代表(当時)の、吉岡秀人さんという医師の本を出すので手伝ってほしいという話でした。